THURSDAY WORDS vol.4

 コラムのアイデアを書きつけては木曜日を過ぎてしまい、金曜日の朝まではTHURSDAY WORDSの更新タイミングとしてはよいのでは?と考えながら土曜日を迎え、メモをゴミ箱に入れてしまってました。あ、vol.3はRRC、WDsounds、BUSHBASHのT-SHIRTSセットに収録のZINEに寄稿させていただきました。
 BOBBY OROZAはTHIS LOVEがリリースされた時に、「BOBBYを盛り上げよう。」と、MUSIC CAMP宮田さん、トラスムンド浜崎さんにお誘い頂きDJをさせて頂いた。あの日は終わった後に、BUSHBASHにLIVEをしに行ったのを11月6日のリハーサル中にBUSHBASHの喫煙室で思い出した。宮田さんと最初に話したのは青山蜂の4Fで、今里さんが紹介してくれた。素晴らしい出会いであったことは間違いない。最近よく自分は恵まれていると思う。目の前に素晴らしい渦がある、そこに飛び込んで見える景色の何者にも変えられないことを私は知っている。とはいえ、最近、トラックハイに変えたらランプからドロップインするのスッゲー怖いんですけど。。。「CHICANO SOUL」のクラウドファウンディングの時、それをサポートする一員としての私の役割が私はわかっていたような気がする。それは、今回の11月6日のBOBBY OROZAのパーティーが終わってのRRCBBのメールのやり取りで、そしてそのパーティー自体が存在したことで確信を持つことが出来た。チカーノソウルについての講義を慶應大学大学院の講堂を使って、今里さん司会の元宮田さんにやって頂だく機会を作れた。大切なテキストには、自分でも読めない書き込みがある。飛石の断片的な記録が川の向こうへと向かっていく。始まりのHIKARI SAKASHITAのライヴに心も体も震えた。そんなHIKARI君が”日本で一番追っているレーベルの”という表現をしつこく言って、カネコアヤノさんに自分を紹介してくれた。PHONEHEADはさっき読んだ東金B¥PASSのテキストで空前のインディペンデントレーベルと(文章自体素晴らしいのでCDリリースされたら読んでほしい。この文章は一生私の酒の友となるでしょう。)書いてくれた。私はただ続けて行くことに興味なんてないと常々言っていた。続けていないこともたくさんある。ただ好きな人達の続けて行く世界を見て行きたい。だってそうすることで世界は回ってくのだから。この日の夜はMAU SNIGGLERの様々な情景と憧憬が浮かぶDJでピリオドを打った。後ろ髪を引かれながら次のことに手を伸ばす。YOSHI君としばらく会えなくなった夜にBOBBY OROZAがMY PLACE, MY TIMEを演奏した。その時光が見えたのは、眼鏡が汚れていたかもしれない。でも、そうでないことを私の住む世界は知っている。
 形にすべきことが目の前にある限り、私はその渦に飛び込みまた生還するのである。